母ニホンコンです。ニーハオ。
我が家には、もうすぐ3歳になろうとしている娘が居ります。
「はえば立て、立てば歩けの親心」の文字通り、「まだ3歳か」
と思う部分と、1人で出来ることの多さに、「もうこんなに大きくなった
のか」という思いが交錯する毎日。
娘は時折見せる仕切りやさんなところは自分そっくりで、これまた
時折見せる生真面目なところは、影でこっそり「風紀委員」と呼んでいる。
「適度にしっかり、適度に適当」くらいで日々過ごしている母の、
その緩やかなグレーゾーンに日々指摘という名の矢が飛ぶ。
例えば夕食が終わるな否や、このようなやりとりになる。
(以下、娘「む」、ニホンコン「ニ」)
む&ニ:「ごちそーさまでした」
む:(間髪入れず)「ハイ!あらいものするよっ!」
ニ:(げ、今すぐ?ムリムリ)「えー、ヤダよお腹いっぱいだもん」
む:「んーと、じゃあ、せんたくもんたたむよっ!」
ニ:(お腹いっぱいの真意は「今やりたくない」、は通じないか)
「お茶飲みたいんだけど・・(時間稼ぎ)」
む:「うーん、じゃあいいよ、おちゃのみな。早く、どーじょ!」
ニ:「はい・・」
(甲斐甲斐しくテーブルをふく娘)
と、どっちが母さんなんだかと思いながら、とりあえず娘の指示に従う。
その後もお風呂をすっぽかしたりすると(1日くらいいいや、面倒ダシ)
布団に入りながら「ねえねえ、今日おふろ入ってないよね、おふろ」
と、説明を求められたり「その次はハミガキだよね」と流れを読まれたり。
とはいうものの、子供ゆえ、一時が万事こんなことは全くなく、日々は
本当にあれやってこれやってと甘えたりするものだけど、時折雷に打たれた
かのように風紀委員に変身する。
まあ、これが彼女の性格として定着するかは分からないので、放置。
正直このまま何期に渡って委員が続くとも思っていないし、いつか「反抗期」
という名の逆襲がくるんだろうと覚悟もしている。
で、別にこのままだったら喜んで委員長に任命して、喜んで我が家の垢埃を
落としてもらうとも思っている。
というのが我が家の日常。
ニホンコンの子育ては「何はなくとも子は育つ」。
娘を見て「やっぱあの言葉本当だったんだ!」と。
それは非常に興味深く、長い長い自由研究のようです。
特に何か特別なことをしたワケでもないけど、普通に、普通の2歳児
として食う、寝る、遊ぶをして、頼んでもいないのに色々仕切り、そして
時にちゃんとしてくれるから、たいしたもんだなあと。
加えて上手に歌って踊れて外国語なんかも喋れてと思わんこっちゃないけど
所詮自分の子。まあ天才にはなるまい、と思って本人が言い出すまで放置。
娘に期待するのは何かが出来て欲しいとか、こうなって欲しいと思うより、
本人がこうありたいと「自分の意志で動ける人」であって欲しいと思うのみ。
(父娘/保育園登園)
親ですらこうありたいと思う自分像にほど遠いってのに、子供だけに
こうなりなさい!というのはフェアじゃないかなあと。言い換えれば
父と母が楽しそうに自分のしたいことをしていれば、きっと子供自身も
何か探して楽しく暮らすんじゃないかと。
そして母ニホンコンは、中国にものめりこんでいたいし、新しいカメラにも
のめりこみたいし、人にも会いたいし旅にも出たいしと欲望の翼状態。
娘はそんな母のことを「ママ、あっちこっちいそがしい」と表現している。
まだ年齢が年齢ゆえにこんな理想中の理想を掲げられるのかもしれないけど
どこまで「何はなくとも」状態をつくれるかは、今後の親としての課題かと。
精進あるのみ。いや、しなくていいのかな。
6月5日 日本/香港
追伸:先日またもや大好きな絵本作家「柴田愛子」さんの講演会に。
もう皆勤賞の4回目なので、ウンウンと復習した後さっぱり忘れてしまったが、
また合言葉の「捨てないことね」だけを胸に刻む。
柴田愛子さん本人には「初詣みたいなもんです」と言っておいた。
(古い絵の具を捨てる覚悟でぐじゃぐじゃに。なにげに大人もすっきりします)