(老師:中国語の「センセイ」の意)
先週は浜松の実家に帰省をしておりました。
姉のリサイタル(姉はお琴の演奏者)のお手伝いをしておりました。
受付で「ニホンコンさんですか」と声を掛けてくれたご婦人が居たりして、
何故?!と思いながらも、もう少しまともな日記を書こうと、ちょっとだけ誓う。
(お声をかけて頂いたご婦人の方:ゆっくりお話できずにすみません。
まともな日記を目指す姿勢で、ご挨拶と替えさせて頂きます)
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さて、ニホンコンの現在は慣れ親しんだ「中国語」を生業としています。
ジュニアが産まれてしばしゆっくりしていたものの、すぐに腰をあげて働くことに。
忙しい性分の人間は、一生バタバタするものだと、我が身の貧乏性を嘆いてみる。
ニホンコンは中国に出張や赴任をするビジネスマンたちに中国語を教える
先生をしております。あの生徒さんは今頃北京や上海や四川で何を
しているだろう?そういや最近も広州にひとり旅立ったなあと教え子
(といってもだいぶ年上の方ばかり)の奮闘っぷりを想像しております。
ニホンコンも教えながら、ぶ厚い文法書を横に、勉強の日々です。
習慣づいているフレーズや言い回しは、いざ「説明せい」と言われると。
現在は、本を読みながら、またネイティヴにもくどいくらい確認しながら
ひとつひとつチェックをしております。
ニホンコン先生の目標は「上手に喋れる」こともさることながら「中国で楽しく
暮らしてもらう」ことも重要だと思っている。あの国は「言葉が喋れれば
住みやすい」なぞという簡単な国ではナイ(と思う)。
自分の靴にタンを吐かれても意気消沈しないよう、おつりを投げられても
怒らない、レストランでご飯を食べてお腹を壊しても恨まず、街中に蔓延する
砂ボコリで髪の毛がガミガミになってもそんなもん笑い飛ばす。そして、
「そんなもんだ」と思いながら、中華ライフを楽しんで欲しい。
これが日本から大陸に生徒を送り込む老師ニホンコンの一番のおもいである。
そしてそんな思いを胸に本日もハイテンションな授業を繰り広げているのです。
とかいっている自分自身は、かつて現地で同じような状況において、
いちいち烈火の如く怒りまくり、怒りまくって涙があふれ、血管がキレそうに
なっていたのを思い出して赤面する。
(写真:演奏会で姉が頂いたお花。レインボーの薔薇)